「そういえばあんた、ヨシコちゃんから電話があったわよ」
オカンから、電話ごしにとても懐かしい名前を聞いた。
ヨシコちゃん。
どうしているかなと、ふと考えていたところだったのでとても驚いた。
彼女とは小学校の後半から中学、高校と一緒で、毎日誘いあって登校したおさななじみだ。
高校を卒業したあと、大学は別々だったけれど、大学の後半から社会人になるころまでは同じ部屋に住んでいた。大の仲良しで、いつも一緒だった。
小学生のころの私たちは似たような背格好で、同じような髪型をしていた。偶然だったが苗字も同じだったから、双子と間違われることもしばしばだったのだ。
しかし、そんな彼女ともう10年は会っていない。
それだけではなくて、連絡先も知らない。
私はふと子供のころの彼女のことを思いだす。私よりもずいぶん活発で、おしゃまさんだったヨシコちゃん。
スポーツが得意で、小柄で華奢な体にも関わらず男子顔負けのパワーで、ドッヂボールの時にはコート内に最後まで残っていたヨシコちゃん。
実際の年齢よりもずいぶんと大人びた容貌だったためか、クラスの男子には良くモテたが、親たちからは一歩距離を置かれるところもあったヨシコちゃん。凛と美しくて、でも男勝りの性格の彼女に私は憧れていた。だから髪型を真似て、格好も真似ていたのだ。
そう、私は彼女になりたかった。
そんな私と彼女に、その後決定的な仲互いがあったわけでもない。男を取り合って修羅場を演じるようなことがあったわけでもない。
ただ、いつのころからか、私たちはやはりちっとも似ていないという至極当たり前のことに気がついただけだったのだ。
彼女は大学在学中から夜遅い時間のアルバイトをしていたので、いつも帰ってくるのは朝方だった。一方、私は早朝から学校に出てしまうので、顔を合わせるのはいつも玄関先。
交わす言葉はほんの二言三言だけ。
ああ眠い、とか
こないだの男がひどいのよ、とか
あの服、今日借りてもいい?とか
だいたいそんな言葉を交わすだけ。それでも、金銭的な面ではお互いの負担分をきれいに分け合っていたし、生活のリズムがまるで違うことが原因で特段仲が悪くなることもなかった。
ただ、お互いの生活時間、生活スタイル、取り巻く環境などのそれぞれの部分が少しずつ別の方向に向いているのが分かった。大人になるというのはこういうことなのだろうか、とぼんやり思っていた。
そうして、大学を卒業するころには、私は勤め先に近いアパートに引っ越し、彼女はアルバイト先のお店に腰を据えることなり、やはり引っ越していった。彼女の新しい住所は知らない。それもそのはず、そのころ付き合いのあった男性の家を転々としていたのだから、住所も何もあったものではない。私の部屋に住み始めたころと同じように、最小限の荷物だけをカバンに詰めて、根無草のようにふらふらしている、と言っていた。しばらくは無責任でお気楽な生活もいいかなあなんて笑ってもいた。
あの頃は、今のように携帯電話が一般的な世の中ではなかったから、彼女と連絡を取り合う機会は当然少なくなった。たまに、私が仕事帰りに彼女の働く店に顔を出すこともあったが、時間の経過と共に自然と足が遠のき、そうしているうちについに連絡は途絶えた。
それから10数年。
「そういえばあんた、ヨシコちゃんから電話があったわよ」
オカンは彼女との短いやり取りを説明してくれた。私は今東京に住んでいて、ここにはいないことを伝え、折り返し電話をかけさせるから連絡先を教えて欲しいと聞いたのだが、彼女は大した用事でもないのでいいですといって教えてくれなかったそうなのだ。
「あんた、壺でも売りつけられないように気をつけなさいよ」
いくら冗談にしたってそれはないだろう、と抗議をしかけて、ふとオカンが彼女のことをさほど好きではなかったことを思い出した。
連絡先ぐらい教えてくれればよかったのにと思ったが、同時に、あえて連絡先を告げないあたりが彼女らしいと思った。彼女もふと私のことを思い出して、しばし懐かしんだのだろうか。そして、今も自由な生き方をしているのだろうか。今は何も分からないままだけれど。なんとなく、その時がくれば、彼女とはまた会えるような気がしている。