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2008年11月26日 (水)

森のワークキャンプ

分け入っても分け入っても杉。もしくはヒノキ。

そこは見渡す限り一面の緑の山。

私は右手にナタを握りしめ、手の届く範囲の枝を片っ端から切って回る。無駄に木を傷つけないよう慎重に、枝を落とした後の断面がギザギザにならないよう注意しながら作業を進めなくては。ヒノキの木は硬いので、当たり前ながら一撃では枝が落ちない。枝の根本に刃を入れて少しづつ細く削るようにしていき、自らの重みで下に垂れさがってきたところを一気に切り落とす。理屈では分かっていても思ったようにはうまくいかず、切り口が汚くてガッカリする。ごめんよ、と木に向かって謝ってから、さて次の枝を目指して斜面を下る。今度の枝もこ手ごわそうだ。

作業はひたすらこの繰り返し。やってもやってもなくなることがない枝の波に愕然としながらも、少し休憩をと思い遠くを見れば、そこは赤や黄色が美しい紅葉の山である。

先週の3連休、東京都は西多摩郡檜原村の山に籠っておりました。なんだかここのところ奥多摩方面に縁があるようだ。アウトドア仲間のmkk女史に誘われて、Shall we forest?という名前の団体が運営するワークキャンプに参加していたのです。Shall we forest TOKYOは、林業体験を通じて森の未来を考える森林ボランティアで、年に数回、林業体験のイベントを運営している。前述の枝切り作業は(正確には枝打ちという)、品質の高い木材を作るために必要不可欠な作業だ。これを怠ると、将来木材になった際、枝があった場所に黒ずみやフシ、ひどい場合は穴があいてしまい、商品にならないのだそうだ。重要なお役目なのである。

しかし、私が枝を切った木が実際に木材になるのはまだまだ先、もしかしたら私がとっくに死んだあとかもしれない。最終的に商品にならない木材もあるのだろうけれど、うまくいけば私が切った木が将来どこかの家の柱になったりするのだ。そう思ってみれば、何やら壮大なプロジェクトに参加している気さえする。反対の見方をすれば、私は長い歴史の歯車のたったひとつといったところなのだろうか。いやはや、スケールがでかい。

今回キャンプは2日間の日程で、一日目は登山(まさかの本気登山)、二日目に枝打ち作業と中年には優しくないスケジュールでありましたが、自然児に返ったかのような伸びやかな気持ちになれたいい日でした。取りつかれたようにナタを研ぎ、取りつかれたように焚き火をし(会話もそこそこに一同火をガン見。なんで飽きないかなあ。)、どろんこだらけになりながらも、「また来たい・・・」と思ってしまう私。ビバ第一次産業。

おひさまと共に起き、労働をして、日が暮れたら家に帰ってご飯を食べ、寝る。本来人間というのは、そういうものなのだよねえ。

 

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2008年11月18日 (火)

保育園児とジュリー

年齢のせいなのか、最近は特に昔聴いた曲を再び聴きたくなることが多い。昔、というのはどのくらい前を指すのかといえば、それは幼少期までさかのぼる。

私がまだ保育園児だった頃。家では、親父が朝から晩まで狂ったようにビートルズやベンチャーズを聴いていた。それから井上陽水やかぐや姫。聴いているだけならまだしも、たいしたうまくもないギターをかき鳴らしては大声で歌ったり、ビール腹を揺らしながら踊っていたのだ。よく考えるとかなりおかしな光景ではあるのだが、当時の私はなにやら面白そうな親父の一人ディスコに参加しては、意味もわからずにでたらめな英語で「HELP!」を歌っていたものだった。

親父も相当にNo music no lifeな酔っ払いだったのだが、その妹である叔母のバカぶりもすごかった。当時ビクターレコードで事務の仕事をしていた彼女のレコード棚は、これまたザ・ディスコなセレクションで、ビージーズやアースにドゥービーブラザーズ、邦楽ではもんたよしのりや沢田研二であった。とりわけ彼女のお気に入りはジュリーで、私を毎朝保育園まで送り届ける車中で、毎日「沢田研二ベストセレクションⅡ」のカセットテープを聴いていた。おかげで、私は保育園児にしてジュリーのヒット曲のほとんどを知っていた。叔母と私はいつも一緒にジュリーの曲を合唱し、彼の稀有なセクシーさに身悶えていたのである。

それからおよそ30年が過ぎた先週のこと、保育園児の時分に聴いていたジュリーの曲がなぜだか頭の中で100回くらいリフレインし続けたので、ついにAmazonでアルバムを購入するに至った(ジャケット写真がわりに素敵)。あのころ意味もわからずにバカみたいに歌っていた曲は「時の過ぎ行くままに」という曲だった。すでに伝説のグループ「タイガーズ」は解散し、ソロデビューを果たしていたジュリーが75年に発売したシングルである。ミリオンには至らなかったものの、90万枚の大ヒットを記録した(らしい)。世の中的には「勝手にしやがれ」のほうが有名なのかもしれないが、個人的には「時の過ぎ行くままに」のほうが好きだった。先ごろ逝去された阿久悠大先生の歌詞。

時の過ぎ行くままに この身をまかせ

男と女がただよいながら

堕ちてゆくのも 幸せだよと

ふたり冷たい体合わせる

今思ったのだけれど、どうも保育園児向けの歌詞でないことだけは確かだ。三十路を過ぎた今聴いたら、きっと当時とは違った感じ方が出来るに違いないので、CDが届くのが俄然楽しみになってきた。

※私も三十路を過ぎましたが、ジュリーもついに還暦だそうです。

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2008年11月13日 (木)

Happiness real when shared

人が人として幸せに生きるために、必要なことはなんだろうか。

 

友人にお勧めされて見た映画「Into the wild」は、その疑問を追求し続けたひとりの若者の話だった。お互いを尊重できない両親のいざこざをこれ以上見続けることから遠ざかり、「物欲を満たすこと」イコール「幸せ」と履き違える世の中から遠ざかり、持ち物をすべて捨て去って(ポケットに入っていたわずかな所持金すら燃やしてしまった)、彼はひとり旅に出た。

 

その後、彼は2年以上の長きにわたり各地を放浪し、様々な出会いを経験する。辛い目にもあえば、温かな人の親切に触れたりもする。そうして、最後に目指した場所はアラスカ。なぜにアラスカだったか?それはわからないけれど、そこに彼がイメージした完全な孤独と静寂、そしてなにごとにも縛られない自由があると思えたのだろうか。

 

「若いなあ」

 

思わず、私は心の中で呟いてしまった。

彼の痛々しいまでのまっすぐな心、若さゆえの愚かさ、見たままを受け入れる素直さとを見てそう思ったのだ。半ばあきれながらも少し羨ましかったのかもしれない。彼は周りのしがらみに惑わされることなく、生きたいように生きたじゃないか。そんなこと、誰もが実現できることじゃあない。だから、これはとても幸せな物語だ。

 

自然はすべての生き物に対して分け隔てがない。アラスカの荒野は生と死がとても身近な場所だ。常に食べ物の心配が必要だし、黙っていたって寒さが容赦なく体温を奪っていくのだ。そんな中で彼がたったひとりで生きるのはとてもじゃないが、簡単なことではない。きっと彼は、アラスカに行けば何かがわかると思っていたのだ。そして、どれほど自分がちっぽけなひとりの人間であるという事実を知るのだ。人間という種類の生き物が、アラスカの荒野におよそ一匹。

 

Happiness real when shared. - 幸福は、誰かと分かちあってこそ本物になる。

 

それは、そんな状況の彼が最終的に見出したひとつの真実だ。私はと言えば、その言葉に深くうなずきながら昔聴いた曲の1節を思い出していた。

 

「愛とは形がないよとは言っても 触れられなければ寂しいもんだよね」

 

まさにそうなのだ。彼が身をもって答えを見つけたように、人生にとって大切なものは形のないものばかりだ。愛情、友情、感動、そして、何かをやり遂げた時の達成感。それら形がないものを、確かな存在として感じられるのは唯一それを誰かと共有できたときだ。だからこそ、人はひとりでは生きられないのだ。

 

彼は若さゆえの真摯さと無鉄砲さを持って、大きなことを発見したのだと思う。だから、これはとても幸せな物語だ。

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2008年11月10日 (月)

登る。走る。

クライミングシューズ、ランニングシューズ、沢靴に登山靴。
私の靴棚を占拠する、(見た目は)いまいちダサイ靴の数々。

もちろん、これらに求められているのはおしゃれではなくて機能性なのだから、ダサさに文句をいってはならないのだけれど。それらを買おうとした時には、私がはたしてこれらを活用するほどスポーツするのか?という疑問も否めなかったにも関わらず、今ではいずれの靴にもとてもお世話になっている。自分でもにわかには信じがたいこの状況だけれど、そういえば先週末も靴たちは大活躍したのだった。

土曜はクライミングシューズをザックに入れて岩登りに出かけた。
朝7時44分の新宿発の電車に揺られて奥多摩方面へ。いつものアウトドア仲間たちに連れられて行った初めての外ボルダリング。荻窪のクライミングジムには何度となく行っているものの、やはり外は全然違う。改めて、ジムに行くのは外に行くための練習であるな、と実感したのだった。ある意味、外の楽しさを知ることでさらにジムにも熱が入るというか。ジムだけだと、楽しさを忘れてしまうような気がする。景色が変わらないのだから、そりゃいつか飽きるよね。

初めての外岩だったし、登れなくて悔しい思いもしたけれど、アウトドアってやっぱり楽しい。橋の下で雨宿りをしながらみんなで食べたラーメンや、寒空の下の紅葉や、間もなくやってくる電車(逃したら次の電車まで30分待ち)に乗るべくザックを背負って駅まで疾走したり、帰りの蕎麦屋でおいしいお酒を堪能したり。どれもこれも楽しすぎてはしゃぎすぎたためか、家に帰って22時に就寝。

日曜日にはランニングシューズを履いて、横浜マラソン(10kmの部)に参加した。
去年も同じ靴を履いて出場したので、この靴と走り続けて早くも1年以上が経過している。毎週末最低5kmは走っていることを考えると、1年で240km。フルマラソンにして6回弱。
しかし、まだまだマイ・アシックスはへこたれていないようで、今日の成績は10kmを55分41秒。去年の成績はどうだったかというと57分。練習量が去年よりも少なかったにも関わらず、これって悪くない成績だ。普段の運動の積み重ねのおかげで、基礎体力が養われてきたのかな、なんて都合の良いほうに考えてみる。終わったあとのお風呂とご飯は最高で、ついつい食べ過ぎてしまったけれど、楽しく体を動かせた週末を思いながら、やっぱり22時に就寝。

靴ともども、私も健康なり。

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